家族信託(民事信託)で考える相続・財産管理 【第6回】家族信託と「遺言書」の違い
相続の観点から見た最大の違いとは
遺言書と家族信託、何が違うのか
「自分の財産を誰に残すか」を生前に定めておく手段として、多くの方がまず思い浮かべるのが「遺言書」です。一方、家族信託も財産の承継について定めることができます。では、遺言書と家族信託は何が違うのでしょうか。今回は、相続の観点から両者の違いを詳しく解説します。
遺言書の基本的な仕組み
遺言書は、遺言者が自分の死後に財産をどう分けるかを定める法律文書です。主な遺言書の種類として、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言があります。
| 種類 | 特徴 |
| 自筆証書遺言 | 全文・日付・氏名を自筆で書き、押印。費用がかからないが無効になるリスクあり。 |
| 公正証書遺言 | 公証人が作成。偽造・紛失リスクなし。法的に最も確実。費用が発生する。 |
| 秘密証書遺言 | 内容を秘密にしたまま公証人が存在を証明。あまり使われない。 |
遺言書の効力は遺言者の死亡時に発生し、死後の財産の帰属先を定めることができます。生前には一切効力がありません。
家族信託と遺言書の比較
| 比較項目 | 家族信託 | 遺言書 |
| 効力発生 | 契約締結後すぐ(生前から機能) | 遺言者の死亡時から |
| 生前の財産管理 | できる(受託者が管理) | できない(生前は効力なし) |
| 認知症対策 | 機能する | 機能しない(作成後の認知症は関係ないが、死前の管理はできない) |
| 財産承継の設計 | 柔軟(受益者連続信託等) | 一代限りが基本 |
| 相続手続きの省略 | 信託財産は遺産分割不要 | 遺産分割協議・相続手続きが必要 |
| 遺留分への影響 | 一定の配慮が必要 | 遺留分を侵害すると請求される |
| 変更・撤回 | 原則として委託者・受託者の合意が必要 | 遺言者が単独でいつでも変更可能 |
| 費用 | 高め | 種類による(公正証書は数万円〜) |
遺言書にできないこと——家族信託の優位性
遺言書は「一代先まで」しか財産の行方を定められません。たとえば、「自分の財産を妻に相続させ、妻が亡くなったら子どもに相続させたい」という「二段階の相続」を遺言書で実現することはできません。なぜなら、妻が遺産を相続した時点でその財産は妻の所有物となり、妻の死後にどこへ行くかは妻自身の遺言や法定相続によって決まるからです。
一方、家族信託では「受益者連続信託(じゅえきしゃれんぞくしんたく)」という仕組みを使うことで、「第一受益者:自分→第二受益者:配偶者→信託終了後の帰属先:子ども」という形で、複数世代にわたる財産承継を一つの信託契約で設計することができます。
| 受益者連続信託の活用例例:父が自分(第一受益者)を設定し、死後は妻(第二受益者)が収益を受け、妻の死後は長男に財産が帰属する、という設計が可能です。このような複層的な設計は遺言書だけでは実現できません。 |
遺言書の優位性——家族信託ではカバーできないこと
もちろん、遺言書にも遺言書にしかできない役割があります。
- 信託財産「以外」の財産(信託に組み入れていない現金・預金・動産等)の行方を定められる
- 認知した子(認知)の記載、相続分の指定など、身分的な事項を定められる
- 遺言執行者の指定
- 祭祀主宰者の指定
- 生命保険の受取人変更(遺言での変更)
つまり、家族信託は信託財産の範囲でしか機能しないため、信託に組み込んでいない財産の相続については別途遺言書を作成することが重要です。家族信託と遺言書を組み合わせて使うことが、相続対策の観点から最も完全な設計といえます。
相続手続きの観点——家族信託の大きなメリット
遺言書があっても、相続手続きには一定の労力がかかります。不動産の名義変更(相続登記)、銀行口座の解約・払い戻し、有価証券の名義変更など、各種機関で手続きを行う必要があり、相続人全員の関与が求められるケースも多くあります。
一方、家族信託では信託財産の名義は受託者(例:長男)にすでに移転しています。委託者(例:父)が亡くなっても、信託財産については遺産分割協議が不要であり、受託者がそのまま管理・処理を続けることができます。相続手続きの煩雑さを大幅に軽減できる点も、家族信託の大きなメリットです。
遺留分への注意
家族信託を設計するうえで注意が必要なのが「遺留分(いりゅうぶん)」です。遺留分とは、配偶者・子ども・直系尊属(親)など一定の相続人に法律上保障された最低限の相続分のことです。
家族信託の設計が特定の相続人の遺留分を著しく侵害するような内容になっている場合、信託の設計そのものの有効性について争いが生じる可能性があります。信託設計の段階で遺留分に十分配慮することが重要です。
まとめ
遺言書は「死後の財産の行方を定める」のに対し、家族信託は「生前から死後まで、財産管理と承継を一体的に設計できる」制度です。両者を組み合わせることで、相続対策として最も充実した備えができます。
次回(第7回)では、家族信託と「死後事務委任契約」の違いについて解説します。

