家族信託(民事信託)で考える相続・財産管理 【第5回】家族信託と「法定後見制度」の違い

柔軟性とコスト・自由度の観点から比較

法定後見制度とは

「法定後見制度(ほうていこうけんせいど)」は、すでに判断能力が不十分な状態になっている人を保護するために、家庭裁判所が後見人・保佐人・補助人を選任する制度です。任意後見制度が「将来に備えてあらかじめ自分で後見人を選んでおく」制度であるのに対し、法定後見は「認知症等により判断能力が低下してから、家庭裁判所が関与して後見人を選ぶ」制度です。

法定後見の3つの類型

類型対象となる状態
後見(こうけん)判断能力が全くない、またはほとんどない状態(重度の認知症など)
保佐(ほさ)判断能力が著しく不十分な状態(日常的な買い物はできるが、重要な決定は難しい)
補助(ほじょ)判断能力が不十分な状態(日常生活は概ねできるが、一部の重要な判断に支援が必要)

最も多く利用されているのは「後見」類型です。家庭裁判所が選任した後見人(成年後見人)が、本人の財産管理と身上監護を行います。

法定後見の問題点

法定後見制度は、判断能力が低下してから利用できるセーフティネットとして重要な制度ですが、実務上いくつかの問題点・課題が指摘されています。

  • 後見人は家庭裁判所が選任するため、必ずしも本人の希望する人物(家族)がなれるとは限らない(弁護士・司法書士等の専門職が選ばれるケースも多い)
  • 後見人への報酬が月額2〜6万円程度(専門職後見人の場合)継続的に発生する
  • 財産の処分・運用に制限が多く、積極的な資産活用が難しい
  • 不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要な場合があり、手続きが煩雑
  • 一度開始すると、本人が死亡するまで原則として後見が継続する
  • 親族間でのお金の融通が難しくなる

家族信託と法定後見の比較

比較項目家族信託法定後見制度
利用開始元気なうちから設定・開始可能判断能力低下後(判断能力がないと設定不可)
後見人/受託者の選定委託者が自由に選べる(家族等)家庭裁判所が選任(専門職になることも)
裁判所の関与原則不要必要(申立て・監督・許可等)
身上監護できないできる
財産の積極運用柔軟に可能制限が多い
報酬コスト受託者への報酬は任意設定専門職の場合は月2〜6万円程度
不動産売却受託者が柔軟に対応可裁判所の許可が必要な場合あり
制度の持続性信託目的達成まで継続本人死亡まで継続(原則)

家族信託の「倒産隔離機能」という重要なメリット

家族信託には、法定後見にはない「倒産隔離機能(とうさんかんりきのう)」という重要なメリットがあります。これは、信託財産は受託者の固有財産と分離されるため、受託者が破産等した場合でも信託財産は保護される、という機能です。

つまり、息子を受託者に設定していても、万一息子が債務問題を抱えた場合でも、信託財産(たとえば父親から信託された不動産)は守られます。法定後見では、こうした財産の分離保護の仕組みはありません。

法定後見にしかできないこと

一方で、法定後見(および任意後見)にしかできないこともあります。

  • 身上監護(医療・介護施設との契約等)
  • 本人が認知症になった後から始める財産管理(家族信託は事前設定が必要)
  • 取消権の行使(後見人は、本人が行った不利益な法律行為を取り消せる)

特に「本人がすでに認知症になってしまった後」に相談にいらっしゃる場合は、家族信託は設定できません。この場合は法定後見しか選択肢がないため、早期の対策が重要です。

重要なポイント家族信託は「元気なうちしか設定できない」制度です。認知症になってしまってからでは手遅れになります。「まだ大丈夫」と思っているうちに早めに専門家に相談することが、将来の選択肢を広げることにつながります。

法定後見・家族信託のメリット・デメリット整理

法定後見のメリット

  • すでに判断能力が低下している人でも利用できる
  • 家庭裁判所による監督があり、本人の権利が守られる
  • 身上監護が可能
  • 専門的知識を持つ後見人が選任されることも多い

法定後見のデメリット

  • 本人が後見人を選べない
  • 専門職後見人の場合は継続的な報酬が発生する
  • 財産運用の自由度が低い
  • 手続きに時間がかかる

まとめ

法定後見制度は、判断能力が低下した後のセーフティネットとして重要ですが、財産運用の自由度が低く、継続的なコストが発生するという課題があります。家族信託は元気なうちに設定する必要がありますが、柔軟な財産管理と低コストでの運用が可能です。

次回(第6回)では、家族信託と「遺言書」の違いについて詳しく解説します。